ブルボン家の家系図 — 太陽王ルイ 14 世とフランス革命を超えて続く欧州最大の王朝
ブルボン家は、1589 年にアンリ 4 世がフランス王位に就いて以来、フランス・スペイン・ナポリ・パルマにまたがる欧州最大級の王朝として 4 世紀以上続いた一族である。「太陽王」ルイ 14 世で絶対王政の頂点に達したが、1789 年のフランス革命でルイ 16 世とマリー・アントワネット(ハプスブルク家出身)はギロチン処刑された。フランス本家は 1848 年に終焉したものの、スペイン分家は現代まで王統が継続している。
概要
- 起源: カペー家の傍流、ブルボン公領(フランス中部アリエ県)
- 時代: 1589 年フランス王位継承〜現在(スペイン分家継続中)
- 拠点: ヴェルサイユ宮殿(フランス)、マドリード王宮(スペイン)
- 家紋: 青地に黄金の百合の紋(Fleur-de-lis)
- 特徴: フランスとスペインを兼有した汎ヨーロッパ王朝、革命と復古を繰り返しながら継続
代表人物
1. アンリ 4 世(1553-1610)— ブルボン朝初代、ナントの勅令
ナバラ王として生まれたプロテスタント(ユグノー)の王。1572 年サン・バルテルミの虐殺を生き延び、1589 年ヴァロア朝断絶でフランス王位を継承。「パリはミサに値する」と発言してカトリックに改宗、1598 年ナントの勅令でユグノー戦争を収拾した。財務総監シュリーと国家財政を再建し、農民にも「日曜には鶏を食べさせる」名君として愛された。1610 年カトリック過激派ラヴァイヤックに刺殺される。
2. ルイ 14 世(1638-1715)— 太陽王、絶対王政の頂点
「朕は国家なり」を体現した在位 72 年 110 日の太陽王。1661 年マザラン死後親政開始、ヴェルサイユ宮殿を建設して貴族を宮廷に集中させた。コルベールによる重商主義、ルーヴォアによる軍制改革で欧州最強国家を築く。1685 年ナントの勅令を廃止しユグノーを追放、産業空洞化を招いた。スペイン継承戦争(1701-14)で孫フィリップをスペイン・ブルボン家初代王に立てた。
3. ルイ 16 世(1754-1793)— ギロチン処刑、ブルボン朝の悲劇
ルイ 15 世の孫。1770 年にハプスブルク家マリア・テレジア娘マリー・アントワネットと政略結婚。米国独立戦争支援で財政が破綻し、1789 年三部会招集がフランス革命を引き起こす。1791 年ヴァレンヌ逃亡失敗で信用を喪失、1792 年王政廃止、1793 年 1 月「市民ルイ・カペー」としてギロチン処刑された。錠前作りを趣味とする温厚な人柄だったが、決断力に欠けた悲劇の王。
4. マリー・アントワネット(1755-1793)— 「赤字夫人」と称された王妃
ハプスブルク家女帝マリア・テレジアの末娘、14 歳でルイ 16 世と結婚。プチ・トリアノン宮で田園趣味を演出しファッションリーダーとして知られたが、「赤字夫人」と揶揄された。革命後はテンプル塔に幽閉、夫処刑後の 1793 年 10 月、革命裁判所で偽の罪状も含めて死刑判決を受けギロチン処刑(享年 37)。「パンがなければお菓子を」は史実とは確認されていない。
5. フェリペ 6 世(1968-、現スペイン国王)
スペイン・ブルボン家の系譜は現代まで継続しており、フェリペ 6 世が 2014 年に即位して現在の国王となっている。本記事では存命人物については系譜上の位置と公職名の事実記述に留める。
歴史的背景
創始期(13 世紀末-1589)
カペー家末弟の子ロベール・ド・クレルモンが 1268 年にブルボン領主家のブルボン女領主と結婚し、ブルボン家を創始。ブルボン公として 300 年間フランス諸侯の一翼を担った後、本家断絶でアンリ・ド・ナバラ(後のアンリ 4 世)にフランス王位継承権が回ってきた。
発展期(17-18 世紀)
ルイ 13 世とリシュリュー枢機卿が絶対王政の基礎を、ルイ 14 世がそれを完成させた。1700 年スペイン継承戦争でフェリペ 5 世がスペイン・ハプスブルク家を継承、1713 年ユトレヒト条約でブルボン家のスペイン王位が承認された。
革命と王政復古(1789-1848)
1789 年フランス革命でルイ 16 世処刑。ナポレオン帝政期は亡命を経て、1814 年復古王政(ルイ 18 世・シャルル 10 世)。1830 年七月革命でブルボン=オルレアン家のルイ・フィリップ 1 世が即位したが、1848 年二月革命で退位、フランスの王政は終焉した。
スペイン分家の継続(19-21 世紀)
スペイン・ブルボン家は 19 世紀末第一共和制(1873-74)、1931 年第二共和制を経て一時王統が中断したのち、1975 年にフアン・カルロス 1 世が即位して立憲君主制が再開された。2014 年にフェリペ 6 世が即位し、家系は現代まで継続している。
家紋
ブルボン家を含むフランス王家の伝統紋章は、青地に黄金の百合(Fleur-de-lis)を散らした意匠。12 世紀カペー朝ルイ 7 世期から使用が始まり、ブルボン朝でも継承された。1830 年以降フランス国家紋章の地位は失ったが、現在もスペイン国王の四分割紋章中に残る。
関連する家系図
- ハプスブルク家 — 16-18 世紀の宿敵、マリー・アントワネットの実家
- ナポレオン家 — ブルボン家を一時亡命させ、1815 年以降復古王政が成立
- メディチ家 — カトリーヌ・ド・メディシス・マリー・ド・メディシスがフランス王妃
- 英王室 — ヴィクトリア朝期に外交上の宿敵
- ロマノフ朝 — 19 世紀欧州協調の三大主体(ブルボン・ハプスブルク・ロマノフ)
関連 Pillar / Ranking
- 世界王室ランキング — 欧州王朝の比較
出典・参考文献
ランク A
- Wikidata「アンリ 4 世」(Q5680)「ルイ 14 世」(Q7742)「ルイ 16 世」(Q7740)「マリー・アントワネット」(Q47899)「フェリペ 5 世」(Q19500)「フェリペ 6 世」(Q19367)
ランク B
- 佐藤賢一『フランス王朝史 3 ブルボン王朝』講談社現代新書、2014
ランク C
- Wikipedia 日本語版・英語版「ブルボン朝」「House of Bourbon」「フェリペ 6 世(スペイン王)」
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最終更新: 2026-05-01(マイルド化作業実施) 執筆: 家系図ずかん編集部