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幕府将軍家室町時代

足利将軍家(室町幕府)

清和源氏嫡流の足利氏は、鎌倉末期に足利尊氏(1305-1358)が後醍醐天皇の建武新政を支えた後に離反、1336 年に幕府を開いた室町幕府の将軍家。15 代義昭(在位 1568-1588、廃位 1573 実質)まで 238 年続いたが、応仁の乱以降は権威が失墜。8 代義政東山文化(銀閣)、金閣の 3 代義満の北山文化など、武家文化を高めた功績は大きい。信長に追放されて滅亡、以後の時代は織田・豊臣・徳川へ。

  • 人物
    11
  • 家族構造
    7
  • verified
    67%
  • 信頼度
    ★★★
家系図
足利 尊氏足利 義詮足利 義満足利 義教足利 義政日野富子足利 義尚赤橋登子足利 直義足利基氏鶴王藤原慶子日野重子大慈院聖紹上杉清子足利貞氏徳大寺公有の娘 (足利義尚の側室)紀良子足利直冬足利満詮日野宗子東御方 (足利義教の側室)正親町三条尹子正親町三条豊子赤松満貞の娘 (足利義教の側室)西御方 (足利義教の側室)足利義勝足利義視足利政知足利義制本光院祥雲院 (足利義尚の正室)万里小路命子正親町三条公綱の娘 (伊勢貞陸の妻)渋川幸子足利千寿王恵照柏庭清祖廷用宗器日野重政北小路苗子日野康子日野業子高橋殿池尻殿一条局 (足利義満側室)宇治殿北向三品局藤原量子藤原誠子源春子寧福院慶雲庵主坊門局 (足利義満側室)加賀局 (足利義満の側室)春日局 (足利義満の側室)小少将 (常盤井宮満仁親王の側室)東御方 (足利義満の側室)対御方 (足利義満の側室)足利義持法尊義昭足利義嗣入江殿聖仙満守宝幢若公光照院尊久法華寺尊順虎山永隆摂取院殿梶井義承尊満大慈院聖久宝鏡寺理久足利聖王丸足利竹若丸越前局北条宗頼の娘 (北条久時の正室)北条久時

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足利将軍家(室町幕府) 主要人物

11 人物のうち先頭 15 名 ・ 7 家族構造
  • 足利尊氏1足利尊氏1305-1358室町幕府初代
  • 2足利義詮1330-1367室町幕府 2 代
  • 3足利義満1358-1408室町幕府 3 代
  • 4足利義教1394-1441室町幕府 6 代
  • 5足利義政1436-1490室町幕府 8 代
  • 6日野富子1440-1496足利義政正室
  • 7足利義尚1465-1489室町幕府 9 代
  • 8足利義輝1536-1565室町幕府 13 代
  • 9足利義昭1537-1597室町幕府最後の将軍
  • 10赤橋登子1306-1365足利尊氏正室
  • 11足利直義1306-1352尊氏弟
  • 12足利基氏1340-1367SPARQL自動拡張
  • 13鶴王?-1353SPARQL自動拡張
  • 14藤原慶子1358-1399SPARQL自動拡張
  • 15日野重子1411-1463SPARQL自動拡張

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もっと詳しく — 足利将軍家(室町幕府) の歴史と人物像を読む

足利将軍家の家系図 — 尊氏から義昭まで室町 238 年

家系図ずかん編集部 | 公開 2026-04-22 / 改訂 2026-05-01 | Public-ready(★★★)

清和源氏嫡流の足利氏は、鎌倉末期に足利尊氏が後醍醐天皇の建武新政から離反、1336 年室町幕府を開いた。南北朝時代を経て 3 代義満で最盛期、金閣・北山文化。8 代義政応仁の乱を招くも銀閣・東山文化。13 代義輝は剣豪将軍として知られ永禄の変で討死、15 代義昭が 1573 年に織田信長に追放されて室町幕府は滅亡した。


代表人物

1. 足利尊氏(1305-1358)

室町幕府初代将軍。鎌倉末期、後醍醐天皇の倒幕軍として六波羅探題を陥落させ鎌倉幕府を滅ぼした。しかし建武の新政に不満を抱き、1336 年に北朝(光明天皇)を立てて室町幕府を開く。直義との両頭政治・観応の擾乱を経て北朝・武家政権の基礎を築いた。享年 54。

2. 足利義満(1358-1408)

3 代将軍、南北朝合一(1392)実現。**金閣(鹿苑寺)**建立、日明貿易開始、明帝から「日本国王」と認められた。北山文化の頂点。1394 年に将軍職を子義持に譲り太政大臣として君臨、足利将軍家の最盛期を築く。享年 51。

3. 足利義教(1394-1441)

6 代将軍。義満の三男、石清水八幡宮の籤引きで還俗・将軍職に。専制的政治と粛清で「万人恐怖」と評され、1441 年播磨守護赤松満祐邸の饗宴中に暗殺された(嘉吉の乱)。これを契機に幕府権威は急速に弱体化した。享年 47。

4. 足利義政(1436-1490)

8 代将軍。後継問題と管領家の家督争いから応仁の乱(1467-1477)が勃発、京都を焼いて幕府権威失墜。隠居後、1482 年から東山山荘を造営、銀閣(慈照寺観音殿)を起工。茶の湯・水墨画・書院造・能の大成など東山文化を残した。享年 55。

5. 日野富子(1440-1496)

義政正室。藤原北家日野家の出身。応仁の乱で東西両軍に金を貸して儲けた逸話など、強烈な政治・財政手腕で知られる。嫡男義尚(9 代将軍)の母として室町幕府の実質的な財政運営者の一人。

6. 足利義輝(1536-1565)

13 代将軍。剣豪塚原卜伝から新当流の奥義「一の太刀」を授かった剣豪将軍。三好長慶に翻弄されながらも諸大名(毛利・大友・武田・上杉等)の和睦調停を実現。1565 年三好義継・松永久通らの襲撃で二条御所にて自ら太刀を振るって戦死(永禄の変)。享年 30。

7. 足利義昭(1537-1597)

室町幕府最後の将軍。永禄の変で兄義輝が討たれ、奈良興福寺一乗院から脱出して諸国を流浪、織田信長に擁立されて 1568 年就任。しかし信長と対立して反信長包囲網を構築するも 1573 年に京都追放室町幕府滅亡。1588 年秀吉に臣従して准三后、1597 年没。享年 61。


家紋 — 二つ引両

足利氏の家紋は二つ引両(足利二つ引)。横に 2 本の線を配した意匠で、新田氏の「大中黒(一つ引両)」と並ぶ清和源氏東国系の代表的家紋。鎌倉期には武家としての足利氏の旗印、室町期は将軍家の威信の象徴として使われた。斯波氏・今川氏(同流)にも継承された。


関連する家系図

  • 執権北条家 — 1333 年の鎌倉幕府滅亡で尊氏が倒した相手。義詮の母赤橋登子は北条氏出身
  • 天皇家 — 後醍醐天皇との対立、南北朝の起点と合一
  • 織田家 — 信長が義昭を擁立後に追放、室町幕府滅亡
  • 徳川将軍家 — 徳川も清和源氏を称し、足利に続く武家政権を樹立

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改訂履歴

| 2026-04-22 | 初版(Draft) | | 2026-05-01 | Public-ready 昇格(Wave E-R1-01)。persons 6→11 名、sources 2→9 件、verified 率 50%→67%。義教・義尚・義輝・赤橋登子・直義を追加、エラー 1 件修正 |

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プリセット ID: ashikaga / schemaVersion: 1.3 / 更新: 2026-05-01T00:00:00+09:00