足利将軍家の家系図 — 尊氏から義昭まで室町 238 年
家系図ずかん編集部 | 公開 2026-04-22 / 改訂 2026-05-01 | Public-ready(★★★)
清和源氏嫡流の足利氏は、鎌倉末期に足利尊氏が後醍醐天皇の建武新政から離反、1336 年室町幕府を開いた。南北朝時代を経て 3 代義満で最盛期、金閣・北山文化。8 代義政は応仁の乱を招くも銀閣・東山文化。13 代義輝は剣豪将軍として知られ永禄の変で討死、15 代義昭が 1573 年に織田信長に追放されて室町幕府は滅亡した。
代表人物
1. 足利尊氏(1305-1358)
室町幕府初代将軍。鎌倉末期、後醍醐天皇の倒幕軍として六波羅探題を陥落させ鎌倉幕府を滅ぼした。しかし建武の新政に不満を抱き、1336 年に北朝(光明天皇)を立てて室町幕府を開く。直義との両頭政治・観応の擾乱を経て北朝・武家政権の基礎を築いた。享年 54。
2. 足利義満(1358-1408)
3 代将軍、南北朝合一(1392)実現。**金閣(鹿苑寺)**建立、日明貿易開始、明帝から「日本国王」と認められた。北山文化の頂点。1394 年に将軍職を子義持に譲り太政大臣として君臨、足利将軍家の最盛期を築く。享年 51。
3. 足利義教(1394-1441)
6 代将軍。義満の三男、石清水八幡宮の籤引きで還俗・将軍職に。専制的政治と粛清で「万人恐怖」と評され、1441 年播磨守護赤松満祐邸の饗宴中に暗殺された(嘉吉の乱)。これを契機に幕府権威は急速に弱体化した。享年 47。
4. 足利義政(1436-1490)
8 代将軍。後継問題と管領家の家督争いから応仁の乱(1467-1477)が勃発、京都を焼いて幕府権威失墜。隠居後、1482 年から東山山荘を造営、銀閣(慈照寺観音殿)を起工。茶の湯・水墨画・書院造・能の大成など東山文化を残した。享年 55。
5. 日野富子(1440-1496)
義政正室。藤原北家日野家の出身。応仁の乱で東西両軍に金を貸して儲けた逸話など、強烈な政治・財政手腕で知られる。嫡男義尚(9 代将軍)の母として室町幕府の実質的な財政運営者の一人。
6. 足利義輝(1536-1565)
13 代将軍。剣豪塚原卜伝から新当流の奥義「一の太刀」を授かった剣豪将軍。三好長慶に翻弄されながらも諸大名(毛利・大友・武田・上杉等)の和睦調停を実現。1565 年三好義継・松永久通らの襲撃で二条御所にて自ら太刀を振るって戦死(永禄の変)。享年 30。
7. 足利義昭(1537-1597)
室町幕府最後の将軍。永禄の変で兄義輝が討たれ、奈良興福寺一乗院から脱出して諸国を流浪、織田信長に擁立されて 1568 年就任。しかし信長と対立して反信長包囲網を構築するも 1573 年に京都追放、室町幕府滅亡。1588 年秀吉に臣従して准三后、1597 年没。享年 61。
家紋 — 二つ引両
足利氏の家紋は二つ引両(足利二つ引)。横に 2 本の線を配した意匠で、新田氏の「大中黒(一つ引両)」と並ぶ清和源氏東国系の代表的家紋。鎌倉期には武家としての足利氏の旗印、室町期は将軍家の威信の象徴として使われた。斯波氏・今川氏(同流)にも継承された。
関連する家系図
- 執権北条家 — 1333 年の鎌倉幕府滅亡で尊氏が倒した相手。義詮の母赤橋登子は北条氏出身
- 天皇家 — 後醍醐天皇との対立、南北朝の起点と合一
- 織田家 — 信長が義昭を擁立後に追放、室町幕府滅亡
- 徳川将軍家 — 徳川も清和源氏を称し、足利に続く武家政権を樹立
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改訂履歴
| 2026-04-22 | 初版(Draft) | | 2026-05-01 | Public-ready 昇格(Wave E-R1-01)。persons 6→11 名、sources 2→9 件、verified 率 50%→67%。義教・義尚・義輝・赤橋登子・直義を追加、エラー 1 件修正 |

