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坂本家(坂本龍馬と土佐郷士の一族)

土佐国高知城下の郷士(下級武士)・坂本家は、本家の豪商・才谷屋から郷士株を買って分家した一族。5 代目坂本八平の次男・龍馬(1836-1867)が薩長同盟(1866)を仲介し、亀山社中(海援隊)を率い、大政奉還を後藤象二郎とともに推進して明治維新の立役者となった。1867 年 11 月 15 日、京都近江屋で中岡慎太郎とともに暗殺、享年 31(満)。姉乙女は母代わりに龍馬を教育、妻楢崎龍(おりょう)は新婚旅行の日本初の事例とされる霧島旅行を共にした。小さな家だが日本近代史を動かした象徴的一族。

  • 人物
    7
  • 家族構造
    3
  • verified
    88%
  • 信頼度
    ★★
家系図
坂本 八平坂本 権平乙女坂本 龍馬楢崎龍坂本 直寛坂本幸坂本直足楢崎将作

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坂本家(坂本龍馬と土佐郷士の一族) 主要人物

7 人物のうち先頭 11 名 ・ 3 家族構造
  • 坂本八平1坂本八平1794-1855坂本龍馬父
  • 21803-1846坂本龍馬母
  • 3坂本権平1814-1871坂本龍馬長兄
  • 4乙女1832-1879坂本龍馬姉
  • 5坂本龍馬1836-1867坂本龍馬
  • 6楢崎龍1841-1906坂本龍馬正室
  • 7坂本直寛1853-1911坂本龍馬甥
  • 8坂本幸1796-1846SPARQL自動拡張
  • 9坂本直足1797-1856SPARQL自動拡張
  • 10坂本乙女1832-1879SPARQL自動拡張
  • 11楢崎将作1813-1862SPARQL自動拡張

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もっと詳しく — 坂本家(坂本龍馬と土佐郷士の一族) の歴史と人物像を読む

坂本家の家系図 — 坂本龍馬と土佐郷士の小さな一族

家系図ずかん編集部 公開: 2026-04-22 | 品質: Draft(信頼度 ★★)

[幕末維新志士] [幕末] [日本]

土佐国高知城下の郷士(下級武士)・坂本家は、本家の豪商・才谷屋から郷士株を買って分家した一族。5 代目坂本八平の次男・龍馬(1836-1867)が薩長同盟(1866)を仲介し、海援隊を率い、大政奉還を後藤象二郎とともに推進して明治維新の立役者となった。しかし 1867 年 11 月 15 日、京都近江屋で中岡慎太郎とともに暗殺、享年 31(満)。姉乙女は母代わりに龍馬を教育、妻**楢崎龍(おりょう)**は寺田屋事件で龍馬を救い、日本初の新婚旅行(霧島)を共にした。小さな家だが、日本近代史を動かした。


概要

項目内容
一族名坂本家(土佐郷士)
起源土佐高知城下の豪商・才谷屋から郷士株購入で分家(17 世紀)
拠点土佐国高知
家紋桔梗紋
歴史的役割坂本龍馬による薩長同盟・海援隊・大政奉還

代表人物

1. 坂本龍馬(1836-1867)— 維新の立役者

土佐藩郷士・坂本八平の次男。幼名乙女に養育され、1853 年に江戸へ剣術修行、北辰一刀流目録。1862 年に脱藩勝海舟の門下で海軍・国際情勢を学んだ。

1866 年 1 月、京都で対立する薩摩(西郷隆盛・小松帯刀)と長州(桂小五郎)の間を取り持ち、薩長同盟を成立させた。同年、長崎に亀山社中(日本初の商社、後の海援隊)を設立し、武器・船舶を薩長に供給。いろは丸沈没事件(1867)で紀州藩から賠償金を引き出すなど、交渉手腕を発揮。

1867 年 10 月、後藤象二郎を介して大政奉還を徳川慶喜に進言、11 月 9 日に大政奉還実現。しかしその 6 日後の 11 月 15 日、京都河原町の近江屋で陸援隊長の中岡慎太郎と会談中、刺客(京都見廻組とされる)に襲撃され、龍馬は即死、慎太郎は 2 日後に死去。享年 31(満)。

1962-1966 年の司馬遼太郎『竜馬がゆく』で国民的ヒーローとなり、現在では幕末維新の最大の英雄の一人。

2. 楢崎龍(おりょう)(1841-1906)— 寺田屋の恩人、日本初の新婚旅行

京都の医師・楢崎将作の長女。1864 年頃に龍馬と出会い、1866 年に結婚。

寺田屋事件(1866 年 1 月 23 日)では、伏見寺田屋で入浴中に幕吏襲撃を察知、裸のまま階段を駆け上がって龍馬に警告し、龍馬の脱出を救った。龍馬は手に重傷を負いつつも危機を逃れ、その後薩摩の西郷隆盛の配慮で霧島温泉での療養を兼ねた新婚旅行を実施。これが日本の新婚旅行の嚆矢とされる。

龍馬暗殺後は坂本家を離れ、横須賀の海運業者と再婚、1906 年に 65 歳で没。

3. 坂本乙女(1832-1879)— 母代わりの姉

龍馬の 3 歳年上の姉。身長 174cm(当時女性としては極めて大柄)の偉丈夫で、剣術・弓術・馬術・水泳を嗜んだ。母・幸が龍馬 10 歳のときに病没後、母代わりに龍馬を養育・教育した。乙女が龍馬に宛てた書簡は多数残り、江戸遊学中や脱藩後も続いた手紙は龍馬の人物像を伝える一次史料として貴重。龍馬死後も長生きし 1879 年に 47 歳で没。

4. 坂本八平(1794-1855)— 龍馬の父

坂本家 5 代当主。土佐藩郷士(白札)として禄を受ける。龍馬の江戸剣術修行(1853)を許した理解ある父。1855 年に没し、龍馬の脱藩(1862)は見なかった。

5. 坂本直寛(1853-1911)— 明治の坂本家

龍馬の兄・権平の子、坂本家 7 代当主。明治期にキリスト教牧師に転じ、高知自由民権運動の指導者として板垣退助らと連携。後に北海道に移住し、伝道・教育に尽くした。坂本家の幕末から明治への橋渡し的人物。


坂本家の略歴

起源

坂本家は土佐高知城下の豪商・才谷屋の分家。初代は 17 世紀中頃に才谷屋の利益で郷士株を購入、郷士身分を得た。以後 5 代・八平(1794-1855)まで続き、その次男・龍馬の代で歴史の表舞台に出た。

龍馬の脱藩と活躍

龍馬は 1862 年、土佐藩を脱藩(当時は重罪、家族に類が及ぶ)。姉乙女の奔走で家族への処分は免れた。江戸で勝海舟の門下、長崎で亀山社中設立、1866 年薩長同盟、1867 年大政奉還・近江屋暗殺と、5 年間の活動で歴史を動かした。

龍馬暗殺と坂本家のその後

龍馬死後、兄権平が家を守り、その子直寛が明治の自由民権運動へ。現代まで坂本家は続く。


関連する家系図

  • 島津家 — 薩長同盟で龍馬が仲介、西郷隆盛・小松帯刀と連携
  • 毛利家 — 薩長同盟で長州側の桂小五郎と連携
  • 徳川家 — 大政奉還で慶喜に政権返上を進言
  • 新選組 — 幕府方、寺田屋事件で敵対
  • 中岡家(慎太郎) — 陸援隊長、近江屋で龍馬とともに暗殺された盟友
  • 勝海舟家 — 龍馬の師、海軍伝習の恩人

出典

ランク A

  • Wikidata Q378450(坂本龍馬)、2026-04-22 verified

ランク B

  • 平尾道雄『坂本龍馬』白竜社、1960

ランク C

ランク D(参考)

  • 司馬遼太郎『竜馬がゆく』文藝春秋

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日付内容
2026-04-22初版(Draft、Phase 1 第 13 件)

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プリセット ID: sakamoto / schemaVersion: 1.3 / 更新: 2026-05-01T00:00:00+09:00